某チャリティー番組の高額ギャラについて書かれたコラムを読んでいたら、自分の仕事にも関わる面白い事が書いてあったので引用します。引用元はJ-CASTニュースさんのこちら
<ケース2> システムのトラブルで業者を呼んで対処してもらったが、なんだかアッサリ作業が終わってしまった
あなた「明日納品という大事な時期に、システムトラブルで作業できないのか!? 遅れたらこの仕事自体がパアだ! 早く業者を呼んで何とか対応しろ!!」
?業者さんが対応に来たところ、5分で作業終了?
あなた「やれやれ、助かった… ナニ!! 請求額が50万円だと!? たった5分の作業で何言ってるんだ! すぐ終わったんだから、その分なんとかしろよ!!」
この場合、あなたは単なるクレーマーだ。
もし読者の皆さんの中で「あなた」側の言い分に共感した方は、成果ではなく、投下した労働時間のほうに価値があると思い込んでしまっている「ブラック企業マインド」をお持ちである。ぜひそのマインドは打ち捨てて頂き、「危機感」のほうを持って頂きたい。
構図としてはケース1と同様である。その業者さんは、システムトラブルを一瞬で解決できるだけの技術力を備えていた。そこに至るまでには、地道な努力の積み重ねがあったことだろう。50万円という金額は時給ではなく、「卓越した技術力を持った技術者が、わざわざオフィスまですぐに来てくれ、迅速に対処してくれた」というサービス全体へのフィーなのである。所要時間が短く済み、納期遅れを回避できたことは喜ぶべきことであるはずだが、それを「短い=価値がない」と判断し、値切ろうとするとは愚の骨頂だ。おそらく、この業者さんは今後あなたがいくら危機的状況に陥っても助けようとはしてくれず、次回以降トラブルは広がっていくに違いない。
我々は、形のないサービスの価値について、あまり意識することもないか、だいぶ割り引いて考えがちではないだろうか。そんな、配慮も感謝もないところでは、労働がブラック化してしまう。
少しでもよいので、これからはサービス提供者の、現在に至る努力と研鑽に対して価値を意識してみよう。
たとえば、「あなたのイラストが本当に大好きで、ぜひ結婚式で使いたいのだ」という真摯な気持ちが、お金以上にイラストレーターを動かすかもしれない。
たとえば、「あなたのお蔭で、ピンチを切り抜けられました! 本当に助かりました!! これからもぜひお力を貸してください!!」という技術者への一言が、今後のトラブルをどれだけ救ってくれるかもしれないのだ。
これ、ある(笑)
あまり近々の例を出すと差しさわりがありますので、10年位前のお話から。
元は関連会社で早期退職制度を利用して別の会社へ移った方からの相談です。
日本全国へ展開しているサービスで障害発生時に対応してもらう業者さんへお願いしているのですが、「年に2?3回しか発生しない障害のために月70万円も払っている。とても高いので安くならないか?」というものでした。
私は即答します。「かなり安いですね」
問い合わせ主は年に2?3回の対応なのだから、その時に料金を払えばいいじゃないか?と考えていた様です。でも、障害の問い合わせに対応するためには24時間365日人を張り付けておかなくちゃならない。また、現場へ出向く人材も即時対応を求められている訳ですから、他の仕事で手をふさぐわけにはいかないので、待機中であっても費用は払わなくてはなりません。この時は確か受付窓口と全国の作業員の確保ですから、それだけ考えても月に70万円は格安な訳です。
実際に私が経験しているだけでも、いざ現場へ行ったら数十分で解決なんて事は意外にある訳ですが(もっとも数日かかる事もありますが)、その為には日頃から練習や勉強をしていたり、トラブルがない時にもシステムの調整をやって可能な限り芽は摘んでいるのですから、その分も察してほしいなぁ?とは思いますよ(^ ^)
障害対応だけじゃなくて、開発ものの問い合わせなんかでもできる限りその場である程度までは即答できるような情報収集なんかも日常的にやっている訳で、その部分は時間と労力と費用をかけて蓄積したノウハウなんですね。そのノウハウをタダで持っていこうとする人が結構多い事(笑)
余談ですけれど。
以前にも書いた事がありますが、本やインターネットで調べたり、人に聞いたりして覚えたり乗り切ってもそれは単なる知識だと思うんです。勿論、知識が有効なのは否定しませんが、知識を理解して自分のものにしないとダメだと思うんですよね?。
その為には自分で同じことをやって経験してみるしかないかと。まさに百聞は一見に如かず。
中には聞いただけで理解できることもありますよ。
でも、それは過去の経験から聞いたり調べたりした事が正しくイメージできるからだと思うんです。やっぱり経験は大事。
そう考えると、小説家の様な作家さんで凄いと思いますよ。特にSF作家さんなんかだと、見た事が無い事を読者にイメージさせるわけです。
2001年宇宙の旅を書いたアーサー・C・クラークさんなんか、人類が誰も見たことが無い光景を自分の頭の中に思い描き、全く同じイメージを活字だけで読者に見せようとしていたそうです。あぁ、恐ろしい(^ ^)