今日は色々な事務手続きの日だった。

最近は出来るだけ入院中の母親の見舞いには行かない様にしていた。正確には、色々な用事があって行く事があるのだけれど、極力病室には行かない様にしていたのだ。徐々に弱っていく母親の姿を見るのが本当に辛い。

病室に行ったら母親は寝ていた。最近はほとんど起きている事が無いと聞いていた。
ところが、ベッドの脇に近づいた途端、パッと目を覚まして一言。

「来たのか?」

驚いた。起きた事もそうだけれど、私の顔を見て誰だか分かったのだ。
実は頻繁に見舞いに行く父親や妹の事を見ても分からない事が多いらしい。身の回りの世話をしてくれる職員の方もだ。
ましてや、最近見舞いに行っていない私の事などは分からなくて当然な状況。前回は分からなかったし。

「俺が誰だか分かるのか?」と聞いてみた。
「分かるよ。ノリだろ(こう呼ばれている)」と返事。

でも、会話ができたのはここまでだった。それからはボーっとしてしまい、話しかけてもほとんど反応が無かった。
それでも、何かを言おうとしている。何を言っているのかは分からなかったけれど。

10分ほどたっただろうか?起きているのが無理らしい。スーッと寝ていく姿を見た。
「じゃあ、帰るからね」と声をかける。すると、寝たかと思った母親がパッと目を見開いて懸命に何かを言おうとしている。
何度か聞き返して、初めて言っている内容が分かった。

「気を付けて帰りなよ」と言っていたのだ。

まだ私の事が分かっているらしい。病室を出る時、正直泣けた。


前にも書いたけれど、私は母親に非常に面倒を見てもらった。
小学校,中学校でイジメにあった時。社会人になって仕事に追い詰められ、当時で言うノイローゼに陥った時。自殺を考えた時。
この母親は何も言わない。励ましもしなけれど、怒りもしない。ただ、じっと見ているだけ。
でも、それが支えになって、あと一歩を踏み出さないで済んだ。

この母親は私の言う事は聞く。
50年位前の輸血が原因でC型肝炎に罹っている事が分かって、長期の入院と当時はまだ新しくて効果が分からなかったインターフェロンの治療を受ける時。父親や妹が入院を説得しても聞かなかったという。
私が説得したら、素直に聞いて入院してくれた。

昨年末に脳腫瘍の手術と放射線治療を受ける事を決めた時。たぶん、効果は無いだろうと医者には言われていた。
誰だって脳の手術は怖いはず。この時も私が説得したら意外にすんなり聞いてくれた。

そりゃ、色々とあったけれどこの姿を見ていて、本当に母親って凄いと思う。